ある碁会所での思い出

囲碁

私はある碁会所に5年前まで数年間通っていました。席主と師範は県代表クラスの実力があり、日本棋院の元院生の人もいました。他にも多くの強豪がいる碁会所で、本当に鍛えられました。

大会

この碁会所には小学生から高齢者まで多様な年代の人が集まっていました。月単位のリーグ戦と毎週日曜日にミニ大会が行われていました。

この碁会所では、大会時にタイマーを使っていました。時間切れは即負けになるという厳しいものでした。これは良い経験になり、今では長考することはほとんどありません。一方で対局相手が長考すると、イライラしてきますので、これは少し改める必要があると思っています。

元院生

無精ひげもじゃもじゃ、髪の毛ぼさぼさで、いつも寝起きのような感じで碁会所に現れるHさんという人がいました。聞くところでは、この人は元院生だということでした。そのため、実力はこの碁会所ではトップクラスでした。

月に一回会員総当たりの大会が行われていました。その大会にはHさんもよく参加していました。私も勝ち進み決勝戦までいったことが3回ほどありましたが、その相手はすべてHさんでした。私は初段で、8子も置いて打ちましたが、一度も勝てませんでした。大会にこの人が現れるのは本当に嫌でした。

しかし、Hさんは心優しい人で、対局後丁寧の検討でどこが悪かったか丁寧に教えてくれました。

名人

高齢の男性で歩行困難なため、車いすに座り、背中が曲がり、石を置くのも大変そうな人が通ってきていました。家と碁会所の間の送り迎えは家族の人がされていました。碁会所の入口に一番近いところをその人専用の場所として席主が確保していました。

席主は、この人のことを親愛の情を込めて名人と呼んでいました。実力は3段で、打ち方が独特でかなりの曲者でした。私も何度も痛い目にあわされました。とにかく相手の石に付けてくるのが特徴でした。必ず石を付けてくることは、こちらも分かっていますが、それでもいつのまにか相手のペースになっていました。

高齢で障害のある方でしたが、周りの人たちは暖かく、碁を打っているときは本当に楽しそうでした。

段級位

この碁会所で私がやっとのことで初段から二段に上がって喜んでいた時のことです。私は参加しませんでしたが、市内で大きな大会があり、この碁会所からも選手が選ばれて2チーム出場しました。その結果、2チームとも成績が悪かったため、席主が碁会所の全会員の段級位を二つ下げると宣言しました。おかげで私も二段から一級になってしまいました。その後私は苦労して、何とかまた初段まで戻ることができました。大変でしたが、このような厳しいやり方のおかげで対外的に胸を張って初段と言えるようになりました。

小学4年生

この碁会所でときどき行われる初段戦という大会に参加した時のことです。私は順調に勝ち進み、決勝まで残りました。その時の相手が、小学四年生の女の子でした。そして、私は見事に負かされてしまいました。

後でその子に囲碁を始めて何年になるか聞いたら、まだ2年しか経っていないという答えが返ってきました。子供の上達の速さには本当に驚かされました。

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